まどか世界にシュタインズゲートのネタを持ち込むと碌なことにならない その1 魔眼リーディングシュタイナー

「時間遡行者、暁美ほむら。何度も何度も自分の目的のために、気の遠くなるほど時間を遡って来たんだろう。大した努力だ。賞賛に値するよ」
ほむらは、これは挑発だ、と思った。こいつは嘘は吐かないのだろうが、本心で褒めているとは思えないし、それに。
「お前に褒められたところで、嬉しくも何ともないわ」
キュゥべえは残念そうにうなだれて首を振るが、その顔は能面のように表情が変わらないまま。
「いや、ボクも嫌われたもんだねえ……」
無表情の顔を、キュゥべえは突き上げるようにした。
「それで、順調なのかな? 事態は果たして好転しているのかい?」
「……お前の知ったことではないわ」
「へえ。その顔、その発言。ボクの推測どおりということかな? むしろ、悪化の一途なんだろう? おかしいね? 君はそれまでの経験から、展開を有利にできるはずの知識をどんどん得ているはずなのに」
確かにおかしい。時間を巻き戻すたびに起こった出来事はすべて記憶しているはずで、それを元に行動しているのに、肝心な所で毎回歯車が狂う。まどかが、さやかが、マミが、杏子が。自分の予測から少しだけはずれた、おかしなことをする。
「実はおかしくなんかないのさ。当然のことなんだ。君の手法自体が間違っているからさ。君は鹿目まどかのために他の魔法少女を見殺しに、使い捨てにして来たんだろう?」
返す言葉もない。意図的にそうしたことはほとんどないが、結果的にそうなったことは無数にある。
「時間軸間の干渉についてはボクらとしてもまだ研究の途中だから、まだ適当な用語を持たない。だからある人物の言葉を借りるけど、リーディングシュタイナー。発現の仕方に強弱はあるが、これが君を阻むのさ。時間軸を移動することにより君の意識上では以前の時間軸での出来事はなかったことになる。そう見えているんだろう」
「見えている」じゃない。そうなのよ。じゃなかったら、私は友人殺しだ。まどかさえ、手に掛けたこともある。でもそれはなかったことだ。だって「今」まどかは「生きている」。
「でも時間を遡ることで本当に全てはなかったことになっているんだろうか? そうじゃあないよね。君の記憶が残っているよね。そうさ、完全にはなくなってはいないのさ。前の時間軸の記憶はわずかずつだが次の時間軸の『同一人物』の記憶に受け継がれているのさ」
そんなこと、にわかに信じられるものか。
「『現在のボクの連続する意識の認識内』では2回目に君に殺された直後かな? 鹿目まどかが君に「私達は、どこかで会ったことがあるの?」と言ったね? もちろん、『現在の鹿目まどかの連続する意識の認識内』では『どこかで会ったこと』なんてない。あれは、これまでの時間遡行の残滓。あれこそがまさにリーディングシュタイナーの発現だよ」
あれは。
まどかに、思いが通じたとか。
そういうのでは、なかったんだ。
「今は『以前』の記憶は意識上にあがってくるほど強いものではないようだから、なんとなく君に非協力的なだけだ。だが、今のような手法を繰り返して行けば、君から受けた被害の記憶はどんどん蓄積され、最後には意識上にもあがるだろう。君が守ろうとしている鹿目まどか本人も含め、魔法少女とその候補生は最初から君を敵と認識するんじゃないかな。巻き戻せば巻き戻すほど状況は悪化するわけだ。それなのに、君は目的を達成できるつもりでいるのかい?」
巻き戻せば巻き戻すだけ状況が悪化する、と、しても。諦めなければ、いいだけの、話。そう、だんだん楽になると思ったけどそうならないだけ。何回でも何回でも振り直せばサイコロ百個だって千個だって全部一の目が出ることだってある。だって最初に何回やり直すことになったっていいって決めたもの。
「君は助けられるだけ助けるべきだった。理解を求めるべきだった。なのに、少なくともこの時間軸では最初から協力を諦めて。自分ひとりで解決できるつもりだったのかい? それは思い上がりだ。現に巴マミは死に、美樹さやかは魔女と化し、ためにワルプルギスの夜打倒の協力者だったはずの佐倉杏子を失った。これは、君が充分に説明をしなかったからだ。現在の状況は最悪に近いね。また巻き戻すのかい?」
うるさい。説明してもダメだったじゃないの。
「なぜ人間に発話能力と不完全ながらも論理的思考力が与えられていると思っているんだい? 君は何度でもやり直しができると侮り、驕り、ベストを尽くさなかった」
ベストを尽くさなかったんじゃない。だってどんなゲームだってリセットボタンがあったら偵察ぐらいするでしょ? するのよ。それは「次」の役に立つから。全体で見れば、そっちの方がベスト。の、はず。
「君の怠りが生んだ他の魔法少女の恨みが、君のやり直しの回数だけ君の肩にのしかかっているのさ。仮に『今』は友達でないとしても、かつて友達だった相手を簡単に切り捨てるなんて、ボクらのようなインキュベーターならともかく、人間の行いとしてはどうなんだろうね? 君にとっては数万分の一の出来事かもしれないけど、相手にとっては一分の一の出来事なんだよ? それを、君ときたら」
ほむらはその場に崩れ落ちた。左手が、ひどく重い、気がする。
「おや? どうしたんだい? ソウルジェムが真っ黒じゃないか。そんな状態では、もう時間遡行術の行使はできないだろう。どうやら、ゲームセットのようだね。おめでとう。時計仕掛けの魔女、暁美ほむら。敢闘賞くらいには値するだろうね」