名将の采配最終回 ザマの戦い

カルタゴハンニバルとローマの長い戦いに決着が付いた戦いですね。
以前ハンニバルがやったことをそのままハンニバルがやり返されるという悲しい戦いです。

ハンニバルの兵法というのはわりとわかりやすく、
精兵で敵の攻撃を正面から受け止めている間に
ヌミディア*1騎兵が(必要ならば相手の騎兵を蹴散らしてから)背面から襲い掛かり包囲する
というものです。

以前はハンニバルの下にいたヌミディア騎兵は色々あってザマの戦いではローマの側についていました。ハンニバルも騎兵を用意はしたのですが数も質も伴わないカルタゴ貴族子弟による部隊でした。
国内ですので、さすがに歩兵の数はカルタゴの方が多いのですが、多くは寄せ集めの傭兵です。その他、カルタゴ民兵リビア兵がいます。一部、ハンニバルの下で経験を積んだ精兵がいることと、戦象がいるのが不幸中の幸いというところ。

歩兵50,000
騎兵3,000
戦象80

という編成です。

対するローマの大スキピオ

重装歩兵20,000
軽装歩兵14,000
ローマ騎兵2,700
ヌミディア騎兵6,000

という編成。
兵力ではカルタゴに負けていますが、騎兵の数・練度では勝っています。あとローマの歩兵は異様に強いので、ローマが負けているのは兵数だけ、という感もあります。
上述のハンニバルの常套戦術を逆に仕掛けてやることが大スキピオの狙いです。
ハンニバルの戦いで有名なカンネーの戦いでは、ハンニバル軍は丁度今回のローマ軍のように、歩兵の数では負けているものの騎兵の数・練度では勝っている、という状況でした。
まさに仕返しするは我にあり! といった状況と言えましょう。

まあ、そんなことは当然ハンニバルもわかっていたはずで、そこで起用されたのが戦象です。
戦象で相手の陣形を乱せればラッキーってなもんです。
こういう時代の戦争は陣形こそ大事で、ここが乱れると兵は本来の力を出せなくなってしまいます。
どういうことかと言いますと。
味方の陣形が崩れていて、敵の陣形がきっちりしているとすると、味方は組織的戦闘ができないのに、敵はできるということになります。もう少し噛み砕いて言うと、こっちは1人で戦ってるのに相手は5人で掛かってくるとか、囲まれてしまうとか、そういうことになります。そこまで行かなくても、正規の陣形ならば左右後ろには味方の兵がいるので前の敵だけ気にして戦っていればいいのに、陣形が崩れていると味方がいるはずのところにいないので、横から後ろから殴られる危険が発生するということになるわけです。そんなことでは勝てないですよね。
今は個人個人の話をしましたが、これを集合させて隊ごととして考えても同じことです。本来なら味方隊がいるところから攻撃をされる……大変なことはわかりますよね。
番組中で戦象対策と称して大きく兵を動かすのがなぜダメだったのかというと戦象対策として兵を動かすことにより本来の陣形を崩すことになるため、その対策自体が戦象の目的を果たしてしまうからなのです。別に象に人をたくさん踏み潰させるとか、そういうことは期待していないのです。
それで。
双方ともに左右に騎兵を配し、中央に歩兵。歩兵後方に本陣。カルタゴは歩兵前方に戦象を配置しました。
戦象の突撃により開戦しますが、大スキピオは象を見て歩兵隊の隙間を広く取らせていたので、象は隊列の隙間を通り抜けてしまい、方向転換もできないのでほとんど意味を成しませんでした。ただ、これもローマ歩兵の練度の高さあったればこそで、ダメ兵士にダメ将軍だと象が突っ込んでくるプレッシャーに耐えられず陣を乱すことになりかねません。
で、次にハンニバルは両翼の騎兵隊を後退させます。これを追ってローマ騎兵はカルタゴ騎兵と一緒に戦場を離脱します。勿論、背後を襲われることを避けるための作戦なのですが、これも大概難しいんですよね。偽って後退とか、後退しながら攻撃とか。状況が不利だと、本当の退却や潰走に繋がりかねません。丁度放送日である月曜の読売新聞朝刊の宮城谷光武帝小説でも「そんなのやってのけたのは時代が下って曹操くらい!」と書いていたりします。どの戦いのことだろ。曹操が退却を始めたので、劉表張繍は追撃を掛けようとしたところ、賈クが「やめとけよ」と言ったのに追撃したら見事にやられた。の話ですかね。この後張繍がしょげて帰ってくると賈クが「ばっかやろうもう一度だよ追撃しろ! 勝つから!」と言うのでもう一回仕掛けたら大勝しましたという落ちが付いてるんですが。
閑話休題
これでハンニバルはしばらくの間騎兵を気にせず歩兵同士の戦闘に集中することができるようになりました……それはつまり、カルタゴ騎兵がローマ・ヌミディア騎兵に勝つことは期待できないため、ローマ騎兵が戻ってくるまでに勝敗を決めないと負ける、ということでもありますが……。

ハンニバル軍の歩兵は上述の通り大きく分けて3種。傭兵、市民兵(新兵が多い)、精鋭です。ハンニバルはこれを分けて、前文のように三列横隊として布陣しました。期待できない兵を前に出しています。ハンニバルが期待しているのは前々から従軍させている精鋭のみで、その前の2列は相手を疲労させるためにいると考えていいでしょう。

歩兵同士がぶつかると、第1列の傭兵は最強ローマ歩兵にわりとすぐ圧倒され始めました。本来は戦象で隊列を乱しているはずだったので、精鋭ローマ兵にも傭兵がある程度通用する予定だったのですが、そうはなりませんでした。そこでハンニバルは第2列の市民兵に前進して第1列と交代し、攻撃するよう指示を出しますが、第2列市民兵は新兵が多く、第1列の傭兵がすぐに圧倒されたこともあり恐怖のため前進しませんでした。すると第1列の傭兵は後退できず混乱し第1列と第2列で同士討ちが発生してしまうような事態となりました。
仕方なくハンニバルはこの時点で、予定より早く第3列を前進させました。
第3列の精鋭はさすがに強くローマ歩兵を押し、特に中央を突破寸前まで大きく押します。突破すればカルタゴ大勝利だったのですが、ここで時間切れ。ローマ騎兵が戻ってきてハンニバル軍の背後を襲います。中央を大きく押し込んでいたために左右もローマ兵に挟まれており、完全に包囲の形。カンネーの戦いを攻守逆にして見事に再現した形となりました。ハンニバルは脱出に成功するものの、多くの傭兵は降伏し、精鋭は最後まで抵抗して殲滅されました。
カルタゴは頼れる戦力を完全に失ったため「カルタゴはローマの許可なく戦争を行ってはならない」という信じられないほど不利な条件を含む講和を飲まされることとなります。
その後まあいろいろあってカルタゴはローマに本気でボコボコにされた挙句二度と再興できないようにと土地に塩を撒かれます。なんかもうすごい話ですね……。