翼の帰る処上下巻

翼の帰る処 上 (幻狼ファンタジアノベルス S 1-1)

翼の帰る処 上 (幻狼ファンタジアノベルス S 1-1)

いや、面白くて一気に読んでしまいました。
作者の妹尾ゆふ子先生がどれだけのストーリーテラーかはこの一文で、わかる方にはものすごく伝わるかと思います。
「妹尾先生は正史三国志後漢書)からあの鋼鉄三国志につながる小説*1を書いた」
これだけでどれだけすごいのか鋼鉄三国志をご存知の方にはお分かりかと思います。
例えば言えば日本史の教科書から戦国BASARAに違和感なく繋がる話を準備したようなものです。
私の推薦で不足ならイン殺さんの力をお借りしましょう。こちら→http://kill.g.hatena.ne.jp/xx-internet/20061115/p2

おっと。作品の話をしましょう。

まず、キャラクターが魅力的です。まず主人公のヤエトが36歳未婚夢が隠居生活そして虚弱体質というおよそ主人公らしくない男。でも仕事ややるべきことを半端にできない誠実な男なので周囲の信頼を得てしまい、隠居が遠のくという因果な人です。それでいて人に本当に信頼されそうになると一歩引いてはぐらかしてしまうという。まあ、それも自分はいつ死ぬかわからない身と考えているので相手を悲しませないための彼なりの誠実なのでしょうが。
その彼がいやー左遷されたからこれからは閑職で半隠居できるぜーとか思っていたのに仕えることになるのが皇女です。皇女は皇帝にわりと甘やかされて育った一見わがまま姫ですが、14歳にしては思慮深く分別もあります。いつ殺されても構わないと考えているヤエトに諫言を繰り返され彼を気にするようになり、その誠実さに気付き信頼し重用するようになります。
そもそもヤエトが左遷された北の地、北嶺に皇女が太守として派遣されてきたのは、皇女が独立心旺盛だったからです。人として生まれたからには鶏口となるも牛後となるなかれでトップに立ちたいと考える皇女ですが、帝国の中にいては女の身である自分にはそれかなわないこと。そもそも皇統とはいえ女が太守になること自体異例中の異例のことなのです。しかし、何とか独立できないかとずっと手立てを考えています。
北嶺の人達は独立心旺盛で帝国の支配下にあれども帝国流をよしとしない、というか、非常に素朴、ありていに言えば馬鹿なので帝国の下風についているという事態を理解できていないので、当然皇族の姫様には反発します。でもヤエトは信頼していたりするので、板ばさみになって眩暈を起こしたり倒れたりしながら仲裁をするヤエトが気の毒面白いです。でもそこはそれ、主人公の貫禄とある程度の有能さを持って誠実に対応するので双方から信を得ることができるのです。そして心労で倒れて双方から看病されるのです。
他にも女たらしと思えば一途な姫様の騎士隊長、フェロモンばら撒きまくりの上腹の中が何重底なんだという皇帝の妹、その騎士隊長で「ジェイガン! ジェイガンじゃないか!」と思いきやナバールな人、馬鹿なんだけど馬鹿まっすぐなので何となく捨て置けない感じの北嶺の民セルクと変な人満載で飽きません。
ヤエト「人ごみが苦手なんでこのパーティの中でも静かなところに行きたいのだが」
セルク「じゃあその壁を登るといい」
北嶺のセルクは馬鹿カワイイ。
ストーリーの方は上巻でさまざま張られた伏線が下巻でどんどん解決されていき、引きこまれます。ヤエトは尚書官という所謂史官なので歴史への興味が強いのですが、残念ながら北嶺には史書を残すという文化が皆無だったため、帝国に支配されるようになってからの二十年足らずの歴史しか残されていません。そこで彼は病弱の身なのに廃城に出かけたり、北嶺周囲の伝説に当たったり、帝国により滅ぼされた街の出身者に話を聞いたりして「北嶺に何があったのか」をまとめていきます。そして彼自身も過去を視る力を持っており、その結果求められた結論が北嶺に大いなる力を与えることになるという。
これは私が歴史とか伝承を調べていくのが好きだってことがカタルシスを上乗せしている気もしますが、このあたりはぐぐっとひきつけられましたねー。別個の話だと思っていたことを調べていくうちに、それぞれに関連があるのだとわかった時は物凄い知的快感がありますからね。そういう民俗学とか歴史学的な快感を作中で体験させていただきました。こういうのは初めてですね。そういうのが好きな方には間違いなくおすすめ。この話はこの話で独立しているので、知らなくても支障はない*2のですが、以前作者の方がが手がけた作品と世界を共有しているためか、舞台背景はしっかりしています。きっちりしたファンタジーを読みたい方にもおすすめです。

翼の帰る処 下 (幻狼ファンタジアノベルス S 1-2)

翼の帰る処 下 (幻狼ファンタジアノベルス S 1-2)

しかしそうなると以前の作品も読みたいですねー。何とか読む方法はないものかな。
作者の方が感想トラックバックを募集されているので私も飛ばしますね。

*1:ASIN:4861551838

*2:実際、私は知りません